2017年7月5日水曜日

文章は僕が下手だと思う

文章は僕が下手だと思う。
だけど僕は天才ではない。
頭の中に天才がいるとして、それを縮小せずに外の世界に召喚できるのが技術だとする。はっきり言って僕の頭の中は大したことがない。その大したことない奴を、僕は技術すらもないからその大したことのなさをさらに縮小した形で外界に産み落とす。
その大したことのない奴に、即興で何かをやらせるのがお家芸だ。
なんとなく僕は自分をそうやって評してる。
平井堅の代表曲のタイトルみたいに視界を盲いてダーツのカウントアップをやると、瞳を開いた時よりも点数が高かったりするタイプだ。
と言ってもさすがに感覚だけで生きていくには、論理を重んじすぎている社会だから、誰の目にも見えないところでついつい批評してしまっていたりする。一つ一つ分解して言葉にしていくのは、悪いことではないけど、そういう言葉には筋道みたいなのが決まっている場合が多い。「だけど」の後には否定的な言葉が選ばれるように。
頭の中に天才がいない僕は、とりあえず吐露した凡人に即席芸者としての生き方を指南する。物事を翻訳していく上で、この感情の言語化という作業は、存在しなかった感情を歩かせることによる先行きの予測不可能感を抱かせてくれる。快感はそういう部分で、パンツをちらつかせる。
事実は小説よりも奇なりと言うが、小説よりも奇なりな事実よりも奇怪な何かを掴みたいという欲深さが僕をそんな風に仕向けるのだと思う。
仮に僕が文章という概念だったとする。その場合、自分(文章)が拙い原因は百パーセント書き手にあるというのが自然な考えだ。
しかし、僕が無理やり嗾けているこの責任転嫁にも近い論考の歩かせ方は、その百パーセントを無効化する。厳密には無効化出来ないが、無効化出来たような気分になれるわけだ。
即ち、僕が文章を下手に書いているのでなく、文章は僕が下手なんだと言えるのだ。
だから、文章だって天才じゃないんだ。
文章は月と太陽だ。
月のように地球に合わせてくれる文章もあれば、太陽のように地球の方に合わせろと強要する文章もある。
月の方が圧倒的に商業的で親切だけどその分、太陽のカリスマ性に周りが周波数を合わせてなんとか読解しようとさせる天才感に憧れてしまう。


文章は滝沢カレンが上手だと思う。らしい。 

2017年7月2日日曜日

フリースタイルダンジョン「 Challenger's CUP」後記

小学六年生で、初めて観た。
僕の家では、当時WOWOWを購読していて常に何かしらの映画が放送されていた。
しかし、WOWOWを観られるのはBSチューナーのある父の応接間のテレビだけだったため、気軽に観に行けるわけではなかった。
『学校の怪談』や『リング』シリーズの一挙放送とか年齢相応に観たい映画がないと「応接間で映画観てるわ」と胸を張っては言えない環境だった。

WOWOWは1ヶ月ごとに全番組の載ったパンフレットが送られてくるのだが、僕はその冊子を隈なくチェックするようにしていた。
特に土曜日の番組表は念入りに舐めて味を確かめた。
そして、その理由は土曜日の深夜帯にあった。

小学六年生男子の性的好奇心は、インターネットが一般的じゃなかった時代に満たす手段を選ばせなかった。
WOWOWでは土曜日の深夜1時に必ずR-15指定の映画が放送されるのだ。
そのほとんどはB級のポルノ映画で『くノ一忍法帖』とか『カーマスートラ』とか、あとは実写版の『ふたりエッチ』などが放送されていた。
今から思えば、普通に親にバレていたような気がするが、僕はこれらのR-15指定映画を深夜1時まで自室で眠らずに息を潜め、家族全員が寝静まったのを確認してこっそり応接間に観に行っていたのだ。
テレビの音量を最小にして、すぐにテレビを消せるようにリモコンを死守しながら、命懸けのように映画を観ていたのだ。

毎週のようにそんな阿呆なイベントを自らに課していたら、少しずつポルノ映画のパターンがわかってきて飽きを感じ始める。しかし、ある月のWOWOWのパンフレットにはそんな僕のマンネリを吹き飛ばす、R-15指定の映画が紹介されていた。
それが『パーフェクトブルー』だった。
理由は簡単だった。
それはアニメだったからだ。
女性の裸体を拝めるアニメなんて『ルパン三世』とか『ドラえもん』くらいしか知らなかったから(いや『ドラえもん』は違うか)もう楽しみでしょうがなかった。

というわけで、僕は小学六年生の時、今敏なんか知らないくせに「今」を「敏」感に察知しながら、『パーフェクトブルー』の世界に観入ったのだった。
もちろん、エロ目的で鑑賞したものだから、戸惑いの方が大きかった。
ストーリーはまるでわからない。
ただ、主人公のアイドルに対して「早く脱いで欲しい」と思っていただけ。
実際、ストーリーが進むにつれ、そのアイドルは女優に転身し、レイプシーンやヌードなど仕事を選ばなくなっていく。
小学六年生の僕はただただ「もっと脱いで欲しい」と思っていた。

UMB2006のDVDでDJ MASH氏が確かこんな事を言っていた。
「MCバトルってのはどんだけ皮を剥いたかで決まる」

MCバトルに出続けるということは、何かを犠牲にし続けるもののような気がしている。
レイプシーンやヌードもOKです。と言わんばかりに。
そして、お客さんはそんなことに気付いていない。
小学六年生の僕と一緒。
「早く脱いで欲しい」
それって純粋で残酷だと思う。


さてさて、本題。
フリースタイルダンジョン「 Challenger's CUP」ってのがありましてね。
MONSTER VISIONのリリースパーティーの催しものとして、フリースタイルダンジョンにまだ呼ばれてない人で予選をやるって話をいただいたんですよ。

泥水組と若手組で4人ずつ。だそうです。



そうか、僕は泥水なのか、と。

BOZさんがアルバムを出したり、磯友が配信曲出したりしてたのは知ってたけど、抹が色々してるのは知らなかった。
逆に、僕がアルバムを出すのもそんなに認知されてなかった。
そういう部分が、客観から泥水を連想させるのかもしれない。
ヒップホップっていう大きな世界にコミットしたり、手を繋いだりしてないだけで、幽霊部員のように思われるんだなと。

泳げない人間ばかりを集めたプールで、考え込む。
泳げる側との差異はなんなんだろうって。

今回のバトルそのものがどうだったとか、そういう話を期待している人には申し訳ないけど、戦う相手がそこじゃないってのがはっきりした。

僕は、優れたMC BATTLEのレポートを書くスキルがあるので、それを期待してここまで読んでくれた人にも非常に申し訳ないですが、これは僕の個人のブログなので、僕の個人的な話をさせてもらいます。(増長)

この間のフリースタイルダンジョンの晋平さんと漢さんの試合を、おそらく生まれて初めて晋平さん側に感情移入をして観た。(晋平さんは常に主人公側だから、どうしても僕の性格上ヒール側の気持ちを考えてしまうため)
だから、ROUND3の漢さんの「さっさと手を繋げ」という言葉が重くずっしりと下っ腹に当たった気がした。
ヒップホップに対して、斜に構えてしか接することの出来ない自分が少し恥ずかしくなった。


僕は、6/28にフルアルバムをおやすみホログラムのレーベルからリリースした。平たく言うとヒップホップに強いマーケティングではなく、アイドル側のマーケティングを市場に選んだのだ。
その『パーフェクトブルー』というアルバムは、元々アイドルに提供してた曲のセルフカバー等を収録しているように、歌詞の中の「僕」とか「君」が私生活からかなり離れた場所に位置している曲ばかりが入っている。


チープな言い方をすると「青春ラブソング」みたいな曲ばかりが入っている。
「僕」がギリギリ「君」に届かない歌ばかり歌っている。

総括すると、小学六年生の時に観た『パーフェクトブルー』や、フリースタイルダンジョンの「 Challenger's CUP」や「晋平太 vs MC漢」を一気に思い出したことをきっかけにして、自分がリリースしたアルバムに潜んでる「本音」みたいなのが初めて分かったのだ。

最近、僕は「ヤキソバにレンゲ」という曲をライブで歌う時に「ヒップホップがヤキソバだったら、ハハノシキュウはレンゲ、みたいな曲です」と冗談で紹介しているが、そもそもこれは冗談じゃなくて「本音だ!」って今更、自分で気付いたのだ。

「僕」がギリギリ「君」に届かない歌ばかり歌っている。
僕は「ヒップホップ」が好きなんだなと、じつに普通のラッパーみたいなことを思わされる。
だから、もしも『パーフェクトブルー』を買ってもらえたら「僕」を「ハハノシキュウ」に置き換えて、「君」を「ヒップホップ」に置き換えて、試しに聴いてみて欲しい。
もちろん、向こうから手を繋いでくれることを期待なんかしていない。
こっちから繋ごうとして2mm足りないくらいがちょうどいいのだ。きっと。

2016年10月1日土曜日

太陽の季節


※一部、歌詞を忘れてテキトーに歌ってます

とりあえず、少しだけ本音を書くと、ボクラッパーダケド最近しんどいです。泉まくらballoon的な嫉妬心がいい年齢になってもグワングワン広がって、僕のプールを汚染してくる。
別にメンがヘラヘラしてるってわけじゃないけど、僕の思う以上に僕の指針みたいなやつは曲がってきてんのかもねと目を細めたりする。吉祥寺駅前のバス停で待ち時間が二十分くらいあって、僕は僕のそういうモヤモヤしたやつとその時間を利用して向き合ってみてるわけ。
例えばね、第10回高校生ラップ選手権をようやく観た時のこと。二回戦のMC☆ニガリvsT-Pablowの一本目が一番好きな試合だったんだけど、判定の時の空気で“あれはMC BATTLEじゃない”っていう価値観もあるんだ!ってすげぇ衝撃を受けたんですよ。
言いたいことを言いたい時に言えるようなやつはそもそもラップもバトルもする必要もないし、観る必要もないでしょ?なんていう僕の指針が狂ってんだろうなって。
はっきり言ってこれはあの場面に対するディスでもクレームでもなんでもなくて、単純に“人の持ってる強さ”ってなんなんだろね?って感じたわけですよ。
あと、ラップ選手権とは関係なく、売れたくて頑張ってるラッパーは結構結果を出したりしてて、すげぇなぁって思う反面で自分がライター仕事しか最近してないことに反吐が出そうになる時もたまにあって。
多分、この気持ちはそのうちリリースされる新しいアルバムを経て少しずつ解消はされると思うけど。11月にも一つ発表があるし、とりあえず曲は作ってるしその作風は他の人らとは全然違う。だから、シーンにコミット出来ないけどそれでもまあそれなりの数の人に聞いて欲しいなって思ってる。
シーンとか気にしなくていいでしょ?バトルも別にいいでしょ?って思ってくれてるサイレントなマイノリティー様にお届け出来ればいいなと。

そんな僕も、強さっていう点では本当に強くなったと思う。
大学卒業仕立ての頃は自分の意見なんてまるで持てなかったし、言いたいことを言うのも有り得なかった。
言いたいことを言ってる人が怖くもあったし、怖く感じる人の前ではよく胃腸が傷んだ。
「何言ってんだこいつ?」って誤魔化しでも嘲る生意気さがあれば違ったんだろうけど、僕はかなり間に受けやすいタイプの人間で「そうですよね」と同調するだけのつまらない脳味噌を前髪で隠して暮らしていた。
真面目な事を真面目に話す人を冷やかす人が怖くて、同時に真面目過ぎちゃつまんないなって自分もいて、結局は自分の性格が悪いだけってことにしてそこに全部おさめてしまえいいって矛先をわざと自分に向けたりする。

バス停は結構混んでて、二、三十人くらいの列が歩道を占めている。僕は前から五人目くらいにいて、たまたまこの日に限ってイヤホンを家に忘れてきていた。
後ろの方から罵声みたいなのがずっと聞こえるなぁって無意識レベルで聞き流しながら、自分のラッパーとしての悩み相談みたいなのを自分自身に問いかけていたんだけど、その罵声はみるみる内に大きくなっていくわけ。
なんかおかしいよなって思って後ろを振り向いたら、列に並んでいたはずの人が半分くらいにごっそり減っていて、石原慎太郎みたいなお爺さんがずっと叫んでいたんですよ。
「おまえらほんとにアホンダラばっかりだな!どいつもこいつも。おい!スマホやめろ!おまえみたいな奴が誰と繋がれるってんだ?ほんとにバカだな!」って。
冷静になって周りを見たらスマホを持ってんのが、僕一人になっていて、さすがに空気読んでスマホをポケットに仕舞った。
だからこの文章は途中で途切れた。帰宅してから七割増くらいで加筆した。
これはじつに日本人らしい風景で、全員がそのお爺さんを完全に無視。
ところが、バス停とは関係のない通行人が一人、見るに見かねて注意してしまう。
それは全然注意になってなくて、ただの宣戦布告でしかなかったけど。
「さっきからうるせぇんだよ!クソジジイ!警察呼ぶぞコラ!」って。
通行人A、小太りの中年男性はすごい剣幕で怒鳴っていた。
んで、当人であるお爺さんはと言うと「おう、呼んでみろよ!おまえどこの誰だよ?どこの誰が口を利いてんだよ!!」とさらに大きい声で被せた。
「迷惑なんだよ!クソジジイ」と言い返すも途中で馬力がなくなってきて、結局その人はそそくさとどこかに消えてしまった。
そして、バス停に並んでいる人は全員完全に無視。
僕の真後ろにいた人たちがそれで並ぶのをやめたらしく、気付いたらそのお爺さんが僕の真後ろまで来ていた。
多分だけど、見た目と態度的にこの中だとお爺さんは僕のことが一番気に入らない存在だったと思う。

んで、強さの話に戻るけど。
一昔前の僕だったら、ディスクユニオンにでも向かって時間を潰して次のバスに乗ったと思う。
そして、「あのお爺さんおかしいよな?」って思うのではなく「自分がなんか悪いことしたんじゃないか?」と自信なく勘繰っていたと思うのだ。
だけど、今の僕には経験からくる余裕みたいなのがあって「こういう変なお爺さんいるんだなぁ」ってスルーできる本心が備わっていた。同時に、もし喧嘩を吹っかけられても冷静に周りの人たちの気持ちを代弁して、そのお爺さんを言葉だけでボコボコに出来ただろうなという妙な自信が僕を支えていた。
話しかけられなくても余裕だし、話しかけられても余裕。こんな気持ちはついこのあいだまで本当になかった。
「何言ってんだこいつ?」って嘲ることが可能になっていたわけなんです。
結果としてそのお爺さんはバスに乗る時にまた運転手と喧嘩を始める。
「どこまで乗りますか?」と運転手がお爺さんに聞く。
「〇〇団地だよ」
「それだと向こう車線のバスなので、このバスだと行かないですね」
「行けよ!」とお爺さん。

「行けよ!」ってその言葉が本当に羨ましくなるくらい強気で、僕は手を叩きたくなるくらい関心してしまった。
結局、その〇〇団地の近くの停留所で降りる事にしたらしく、お爺さんは同じバスに乗ってきたし、その後で特に事件も起きなかった。

そんなわけで僕は、強さってやつについて妙に考えされられた。
正しいか間違ってるかはどうでもよくて、その強さが詩を、歌詞を、リリックを、支えるんじゃないかな?って。
だから、楽曲だろうがバトルだろうがコラムだろうがブログだろうが、多少の強さを誇示して誇張していかないと伝わりすりゃしない。
例えば小藪さんがこのブログを読んで直にキレてきても(いや、全然ディスってないけどね)平気で立ってられる指針みたいなのが自然にあればいいんだと思う。
フリースタイルを全く練習しなくてもそれさえしっかりしてればそれはそれで強いラップなんだって、こんなスキル至上主義の状況だからこそ信じておく必要があるって。

変に捻くれないで真っ直ぐにそう思ってるだけでだいぶ違う。
とりあえず、一枚はアルバムのレコーディングが終わってるから、それを発売させて世の中に吐き出すまでは、もう少しだけ辛抱しようと思う。







2016年9月24日土曜日

もやもや

※僕の話は事実を誇張した上で成り立っている。

まだ僕が軽自動車を所有していた頃、車内では常にラップしていた。常にフリースタイルをしていた。
僕は一人きりで運転をしている時、ほぼほぼフリースタイルをしていたが、例外が二つだけあった。
一つ目は、柏市のタワレコかディスクユニオンへ行き、そこで買ったCDを聴く帰り道。
そして、二つ目は誰かと電話をしている時である。
当時はガラケー全盛の時代で、LINEなんてなかったから、長電話をするには金がかかった。
僕が年齢をとったからなのか、無料で通話できるようになったからなのかはわからないが、金がかからなくなると長電話そのものをしなくなった。
逆に当時は割と誰とでも長電話をした。人の顔を見て喋れない僕にとって、声だけの世界がちょうどよかったのかもしれない。
長電話をするきっかけも正直、よくわからない。道具的な用事があって電話したついであれもこれもとフリースタイルのように話題が出てきてしまうためだろうか。
長電話をする場所は決まって軽自動車の中だった。
通話をしながら運転をするのは違反だが、軽薄でモノの価値がよくわかってなかった当時の僕はあんまりそれを気にしていなかった。パトカーが見えたら膝下に電話を隠すくらいのもので、専用のイヤホンは買おうと思ってはいたけど、結局は金がなくて買わなかった。

千葉県の片田舎に住んでいたもんだから、千葉大学に進学した頭のいい地元の友人とはそれをきっかけにして二回くらいは長電話した。そして、二回くらいは遊びに行った。
そいつは、風俗店の味を覚え始めたらしく、下世話な話を下世話に聞こえない口調で話した。
中学の時からそうだったが、彼はあんまりスケベに見えないスケベだった。だから、彼がエロ本や官能小説を学校に持ち込んでも、彼の成年指定に対する態度と、教科書に対する態度があまりにも同列だからいやらしく見えないのである。
だから、風俗の話を始めたところで、奴はガールフレンドの話をするのと本当に変わらない温度になるのはわかっていた。
「やっぱり、おっぱいパブが一番いいっていう結論になった」
奴は大学論文のレジュメを説明するかのようなフラットな言い方で切り出した。
「やっぱりゴールまでいっちゃうと、気持ちが変わっちゃうんだよ。変わらない気持ちを最大限まで高めてそのまま帰るのが、一番幸せだって悟った」
僕は聞き上手な方じゃないけど、運転しながらだと妙に心地よく人の話が聞ける。
「例えばさ、嫌いじゃない人から告白されて付き合ったとする。付き合っていくに連れて嫌いになって別れたら悲しいじゃん。でも、嫌いじゃない人からの告白を断ったとするよ?したら、「あん時、付き合っておけばよかったなぁ」って物思いに耽る瞬間があると思うわけ。そういう時のもやもやってなんか幸せじゃない?」

じつはこの時、奴が言っていた事に僕は本人以上に共感していたと思う。
今もそれは継続中だけど、僕は風俗店にもキャバクラにも行った事がない。一回もない。
「俺は、おっぱいパブに行った事すらないっていうもやもやを持ち続けてる、最高に幸せな気分だ」
「いや、それは行った方がいいよ」
奴は、論理的な同調よりも、感情的な同情を優先しやがった。
「いや、だから行った事がない俺が、お前の行った話を聞いて、想像するわけ。それでよくない?一見よりも百聞を選ぶよ」
ちなみに僕は同じ理由でパスポートを持っていない。一度も外国に行った事がない。
「いやさ、おっぱいパブの帰り道のもやもやとさ、そのもやもやは違うと思うよ?おっぱいパブの帰り道のもやもやを体験してもらわないとさ。それに、俺はおっぱいパブ以外の風俗も体験してるわけ。体験した上でここに戻ってきてる。だから、もやもやの次元が違うはず!」
こんな風に変に頭のいい奴だから、僕は返す言葉がなくなって正直困った。
そもそも僕は議論が苦手なのである。




































「ごめんごめん、今パトカー通ってさ」
「なんかもやもやするなぁ、」






2016年9月20日火曜日

記録してないシリーズ

※基本的に僕の物語はフィクションです。


「だからね、ラッパーだからこそ自分の事をラップするべきじゃないと思うわけ」
僕は妻にそう言った。

僕には昔から結婚願望がなくて、何ていうか一つの諦めを表現する戯れ言として「俺はナンバーガールを好きな女としか結婚しない」と息巻いてきた。
その度に、ナンバーガールを知らない大学の連中にはポカンとされ、ナンバーガールを知ってる冴えない地元の男友達には「そんな女いねぇよ」と言われてきた。

今でこそ、東京で音楽活動をしているからこそナンバーガール好きな女性とたくさん知り合えたけど、僕が田舎で高校までくすぶった挙句に、理系の大学で音楽好きな人間を見つける事が出来なかったその道程にはナンバーガールを聴いてる人間が本当にいなかった。
ましてや、思春期から女子と喋るのが極端に下手になってしまったもんだから、仮にナンバーガール好きな女の子がいたとしても僕なんかが知り合えるはずがない。
せっかく、大学で女の子と少しずつ喋れるようになってきたのに、大学にもバイト先にもナンバーガールを知ってる女の子は一人もいなかった。
だから、僕は「ナンバーガールが好きな女じゃない結婚しない」と心に誓ったのである。
さっきも言ったが、これは「結婚なんか一生してやるもんか!」という諦観を格好よく言い直しただけのものだ。

ただ、人生、マジで何があるかわかんないもので、ひょんな事で今の妻と知り合う事になる。
この辺の馴れ初めに全然面白くないから割愛するけど、妻はいわゆるサブカル女子(死語)というやつだった。
僕の狭い狭い交友関係、カーストの低さから見た世界には、そんな子が一人もいなかった。
だから、サブカル女子ってのはメディアとインターネットがでっち上げた架空の存在だと思っていた。
そんな僕の妄想に反して、妻は出会ったその日に行ったカラオケで、いきなり銀杏BOYZの「べろちゅー」を歌い出した。
その時はぶっちゃけ、何かの夢かよ!と思って体中の痛い場所を数箇所、確認した。
妻がこの日、ナンバーガールを歌ってくれたら、死ぬかもしれない。僕はそう思った。
死ぬかもしれないと思った矢先に妻は「delayed brain」を入れた。
だから僕は死んだ。
まるで、モテキの藤くんだ。

ナンバーガールをカラオケで歌うなら、「透明少女」とか「鉄風、鋭くなって」とかが相場だと思っていた。というか、「透明少女」くらいしか選択肢ないでしょ、なんて思っていた。
もう完全に思考がモテキの藤くんである。

まあ、そんなこんなで僕は結婚に至る。

「だからね、ラッパーだからこそ自分の事をラップするべきじゃないと思うわけ」
僕は妻にそう言った。

「お前のラップなんかどうでもいいわ。お前は『マンガ道』や『アオイホノオ』や『僕の小規模な生活』みたい自伝的なラッパーの小説でも書いてろ」

妻はそう言いながら、シン・ゴジラの第二形態のフィギュアを色んな角度から眺めていた。



2016年9月17日土曜日

真夜中の爪切り


小学一年生か二年生くらいの頃だと思う。
僕には感情がなかった。
感情がなかったと書けばそれは言い過ぎだけど、何ていうか他人の感情を自分の事のように受け止めるのが下手だった。
その当時、僕が住んでいた借家は少しばかりだが、失敗していた。
トイレのドアと台所のドアが90度の角度で隣り合っていて、両方のドアを同時に開放できないのである。だから、台所のドアを開放するとトイレのドアは開かなくなり、トイレのドアを開放すると台所に行けなくなる。
これは今でも母親に「あの時は、」と皮肉を込めて言われるのだが、まあ母親のトイレ中に台所のドアを開けっ放しにしたまま、僕は居間でスーパーファミコンを始めてしまったのである。
台所のドアがきっちくりとトイレのドアの前に嵌って、内側から開けるのはどう考えても不可能だった。
当時は携帯電話なんてものはないから、もう声を出すしかない。母親が何度も繰り返し僕の名前を呼ぶ。
正直、あんまり覚えていないのだけど、僕はその母親の咆哮をまるで気に止めていなかったらしい。
完全に母の声を無視し、テレビゲームに熱中する。
しかも、僕はこの話の結末を知らない。
どうやって母がトイレから脱出し、妹と弟を保育園まで迎えに行ったのか、全く記憶にないのだ。(保育園よりも小学校の方が終わるのが早かった)

僕はあんまり感情を表に出すタイプの子どもではなかったし、冒頭で書いたようにひょっとすると本当に感情が無かったのかもしれない。
僕が3歳の時に妹が生まれ、僕は母が入院したその夜からずっと一人で寝ている。特に寂しいとか感じた記憶はないし、むしろ誰かと同じ布団で眠るのが苦手だったんだと思う。
僕は幸いな事に結婚をしているが、妻とは寝室が別々である。
真夜中のトイレに行くのも、苦心した記憶がない。祖母の家のトイレが屋外にあるボットン便所ってやつで、さすがに夜中にそこへ行くのは怖かったが、それはボットン便所の中に落ちてしまう事への恐怖だったと思う。

とにかく、妙に無関心な子どもだった。興味を持たないものは、手付かずのぬり絵帳のように真っ白だった。
爪切りと耳掻きを他人にやってもらうのが苦手で、小学校に入ったくらいから一人でやるようになった。
特に爪切りは、絶対に自分でやらないと気がすまなかった。それには理由があって、僕は生まれつき爪の形が人と違っていて、爪の裏に皮膚がアメーバのように伸びて付いてきているのである。なので、それを理解していない人が僕の爪を切ると、僕は皮膚を切られた状態になり悶絶するのである。
僕が思春期にギターを弾く前に挫折したのはこのためだ。深爪が出来ない指先の形が、綺麗だなんて言われる事が多かったけど、なんとも思わなかった。

「爪は朝に切れ」と母が僕によく言った。
月曜日の朝である。
僕は眠いから、それを嫌がった。
日曜日の夜に切ろうとすると今度は母がそれを嫌がった。
「親の死に目に会えなくなるぞ」と母は言ったが、当時の僕はその意味がわからず聞き流していた。
「オヤノシニメ」というワードがすんなり脳に入ってこなかったんだと思う。
ただ、無関心ながらに恐怖を感じたのはよーく覚えてる。
夜に爪を切ったらどうなるか、試してみたくなるのが子ども心だ。
それはまるでバタフライエフェクトの如く、世界に何らかの影響を与えるのかもだなんて思ったり思わなかったり。
ただ、まだ世界の因果律を知らない僕にすれば、ルールも知らないものをいきなり試すのはさすがに怖すぎる。だから、爪を切らずに爪切りを眺める所から始まった。真夜中に。

二段ベッドの上の段に寝ていた僕は、枕元の読書灯の下に爪切りを置き、ただただそれを眺めていた。
十二時を回るまで頑張ろうとするも、絶対にその前に眠ってしまう。というか十時が限界だった。
真夜中、トイレのために起きる際も爪切りに目をやる。夜の爪切りにはきっと何か秘密があるに違いない。そんな妄想が当時の僕を文字通り夢中にさせた。
小指の爪だけでも切ってみようかと思い立ったものの、下の段では家族が寝ていて、爪切りが立てるパチンという音がこの静寂に不釣り合いに残響するであろう事を安易に想像出来た。きっと、あの音一つでみんなを起こしてしまうだろう。それに僕の爪は他の人のそれよりも硬く、その分パチンの音量が大きいのも自覚していた。

僕があまりにも爪切りに執着しているもんだから、親からすればオモチャを一つ与えたような気分になったらしく、特に何も言っては来なかった。
僕は基本的に大人しい子どもだったから、その大人しい子どもが何かに夢中になってくれてるだけで、仕事が一個減るのである。だから、妹と弟の相手に集中出来る。
1週間くらいで飽きるだろうなと自分でも思っていたけど、カレンダーをめくる毎に増していくのは「夜に爪を切ったらどうなる?」っていう好奇心だけだった。
夜に爪を切ったら何かしら悪い事が起きる、それくらいの認識だったけどその何かしらが気になってしょうがなかった。
「オヤノシニメ」という言葉を理解しないで適当に聞き流していたから、不謹慎さとかの類の感情は持ち合わせていなかった。感情自体があったかどうか怪しいが。

子どもってのは自分ルールみたいなのがじつに適当で、非論理的な生き物である。
ある日、急に「足の指の爪だったら別にいいんじゃね?」と思い立ち、その夜爪切りを片手にそそくさとトイレに入った。
電気のついていないぼやけた台所を抜け、何とか生活の勘でトイレに辿り着く。パチンと鳴ってもまあ大丈夫だろう。
そして、洋式便器に座った僕は右脚の親指を引っ張り硬い体に近付けた。

パチン。

こんな風に何も起きないって事を実体験として重ねていき大人になるのだ。と何処か冷めた気持ちで独白しながら、したくもない小便をしてアリバイのようにそれを流した。
寝室に戻ろうとトイレのドアを押してみる。

開かないのである。

台所を通る時に何かにぶつかったような気はしていたが、偶然にも台所のドアがトイレのドアに重なるように絶妙なスピードで僕を閉じ込めたのだった。
そして、僕が優先させたのは物音を立てない事だった。親を起こすという選択肢がなかった。他人の手を煩わせるのが凄く億劫だと感じるのはじつは今も変わっていない。
どうやってトイレから出るか、それをあんまり考える気がなかった。時計もないからどれくらい時間が経ったかわからない。
ドアをガンガン叩いて親を起こすのは僕的にナンセンスな行為だけど、ちびちびと爪を切ってその度に鳴るパチンという音がたまたま母親の耳に届くというプロセスは有りだと思った。その二つにどんな差があるのか、言葉にしづらいがたまたま起きてくれるくらいが一番いいなと思っていた。

それから、僕はすべての指の爪を切り終わり、妙にスッキリした気分で座り込んでいた。
あんまり物音を立てないようにドアの隙間から指を出して、台所のドアに触れてみた。
中指を引っ掛けて閉まる方向に力を入れたら、なんか笑っちまうくらい簡単にドアが定位置に戻った。
最初からこうすればよかった。
僕は自分の諦めの速さを嘲った。

翌晩、僕は急にコツを掴んだらしく口笛の吹き方を習得した。
諦めずに吹き続けたのが幸いしたらしい。
音程の操作は出来ないが、音が出るというだけでやり遂げた気分になった。
そんな僕に母親はこう言った。
「夜に口笛を吹くと蛇が出るからやめなさい」




2016年7月17日日曜日

修飾活動

ワケあって、自分の事をもっと整理して見つめ直す必要があるなと思い、放置していたブログにでもそれを綴ってみようと到りました。暇な人はそんな僕の“作業”に付き合ってくれればありがたいな勝手に願っています。
テレビゲームをやってる友達をずっと見ていた側だった僕ですが、今回は僕がやってるこのロールプレイグなのかサウンドノベルなのか判別のつかないゲームを、優しい目で余計な口出しをせずに見守ってくれたらありがたいなと思います。

僕は言いたい事が言えない人間です。まあ、これは普通だと思います。
一般的な日本人らしい価値観だと思います。
僕はラップをすると言いたい事も言いたくない事も全部言ってしまう人間です。というか、下手したらラップでしか言いたい事が言えないのかもしれません。

たまちゃんっていう僕が大好きな先輩ラッパーがいるんですけど、最近のバトルしか知らない人は押忍マンさんのアルバムに客演したりしてるから聴いてみてください、格好いいです。そんなたまちゃんに千円貸した事があるんです。
そのあと、何回か一緒に遊んだんですけど、全く返す素振りがないので、まあ千円っぽっちだから忘れてるんだろうと僕は特に何も言わずにいました。
したら、とある小規模なMCバトルで、たまたま、たまちゃんと一回戦でいきなり当たったんです。
もう察しはつくと思うんですが、自分でもそこまで千円に執着してなかったはずなのに、「あの時の千円、いつになったら返すんだ?」とまあ先輩相手に酷い口調でラップしていました。
試合は僕の圧勝。
終わった後にたまちゃんが苦笑いしながら「返すよ!」って千円くれたのはいい思い出です。

常に奥歯に何かが詰まったようにして生きているわけじゃないんですが、MCバトル中に言うことがなくて困ったりしたら、奥歯の後ろを舌でなぞると何かしら出てくるって感じだと思います。汚いですね。

僕はこう見えて、大学生の頃は友達がたくさんいたんですよ。
理系の大学だったから、みんな一致団結して単位を取らないとヤバイってのもあったんですが、共同生活に近い感じで結構人といる時間が多かったと思います。
特別、趣味の合う人はいなかったんですが、逆に“普通の大学生は”こうやって遊んだりするんだって結構、達観したり馬鹿にしたりしないで普通にみんなすげぇなって思って酒を飲んだりしていました。
卒業して、しばらくすると世の中は、LINEをやってて当たり前の世界に変わっていきました。
僕はグループメールなるものがとても嫌いで、メールくらい一対一でやらせてよと思うのですが、やはり誰かの結婚式とかあったりするとグループメールが非常に便利らしく、3回くらいiPhoneなのに「俺、ガラケーだから」って嘘をついて断っていましたが、ついに2年前に観念して、LINEを登録しました。
基本的に僕はDOTAMAさんとしかLINEをしないのですが(なんか気持ち悪いですね)、たまに誰かが結婚したりするとLINEのメッセージの数が急に膨れ上がるのです。

そして、これが僕の最大の悩みなのですが、大学のLINEグループは12人いて、ほぼ毎月誰かの誕生日がやってくるんですよ。
その誕生日のたびに、おめでとうだのスタンプだので、画面が埋まっていくんですよ。
僕はグループメールだと人見知りが強くなってしまって、おめでとうすら言えません。
既読して、心の中でおめでとうと言っておしまいです。

ただ、僕が胸を痛めているのはそんな事じゃありません。
コンスタントに誰かの誕生日のたびに誰かが「◯◯誕生日おめでとー」とメッセージを入れるのですが。


僕の誕生日の時だけ、だーれもなーんにもしません。
2年連続で。

多分だけどそこで
「俺の誕生日、誰か祝えよ!!!」ってツッコミを入れれば済む話なんですが、なんせしばらく会ってない大学の友人なので、周波数の合わせ方が文字の世界じゃわからなくて、完全に人見知り。
タイマンだったら多分大丈夫なのですが、グループだと無理。

だから、僕は自分の誕生日をスルーされている事を言いません。
いや、言えません。

今、ラップが流行ってて、一般的な人にもそのブームが近付いています。
その大学の友人らの中にもフリースタイルラップを今から始める奴が出てくるかもしません。

その時は覚悟しとけよ、マザー◯ッカー。

とまあ、僕はそういうタイプの人間です。
自分ではかなり普通の人間だと思っています。

あー、リアルが充実するぜー。