2015年2月22日日曜日

「恭」

君の人生に影響を与える文章を書かないといけない。
君の人生を百八十度変えてしまうそんな文章を書かないといけない。



柴田恭兵の「恭」の字が何回書いても上手く書けない。



バランスが全く保てないのだ。

「共」の下に汚い点々が列挙してるだけに見える粗末なそれに僕は哀しくなる。
ただでさえ姿勢が悪いから世の中が歪んで見えるのに、こんな絶妙なバランス感覚で漢字としての美の体裁を守っていられるともう打破のしようもない。
浴衣にスニーカーなのにオシャレに見える人みたいに。
僕のCDを買ってしまった事のある人ならわかるとは思うけど、僕は字が汚い。
一字一字が汚いタイプよりはどっちかというと字を書く配置が汚いタイプだと思う。
ラップにも言える事だけど、韻を踏んでなくてもフロウしてなくても、音符の配置さえ綺麗ならそれはラップになる。
逆に韻を踏んでいようがフロウしていようが、音符を置く場所がクソだとものすごく下手に聴こえる。
字に関してもラップに関しても僕は後者のタイプで、一字だけで勝負するならまだマシだけど、文字数が増えるに連れてレイアウト感覚が求められてくる。
するともうゲームオーバーだ。
化けの皮とメッキが同時に剥がれ落ちる。
ハガキに縦書きで住所を書く時なんかもう苦行でしかない。
浴衣にスニーカーなのにニット帽を被ってる。
そんな僕の敵が「恭」なのだ。

レイアウトが苦手なのに、「恭」に関しては一字書きすらクリアできない。

小学生の漢字ドリルみたいにマス目に嵌めて書いてもこれに関しては本当に上手く書けない。
ラップで言うと、嵌めるのが苦手なタイプのビートなのに、歌詞には「きゃりーぱみゅぱみゅ」や「ウィスット・ポンニミット」ばりに言いづらい単語が入ってるみたいな状態。
そして、ここまで書いておきながら卓袱台をひっくり返すような発言になってしまうが、僕は「恭」の字が上手く書けるようになりたいなんて別に思ってない。

だから、成長できないんだなって思う。

自分の短所を発見しても、まあ別にそこまで困る事じゃないっしょ!って、改善しないのである。
僕は人に迷惑がかからないなら基本的に努力をしないタイプの人間なので、柴田恭兵と手書きの年賀状を送り合うような間柄にならない限り、これをクリアしようと奮起しないだろう。
ほとんどのラッパーがそうだと思うけど、基本的に自分ができないラップは録音しない。
だから、音源とか聴くとみんなラップうめぇなーって素直に思う。得意なやつしかやってないからだ。
(ちなみに僕は捻くれたビートメーカーとばかり曲を作っているので正直、得意なやつで作ったぜ!って曲はかなり少ない。だから僕はラップが下手なのがバレバレである)
まあ、別にラップが下手でもすんげーやんべーリリック書けばチャラでしょーなんて思っていた時期もありましたが、僕のラップの下手さがそんな次元ではないのを身をもって自覚してきたから、最近正直焦っている。
字を書く事で言うと柴田恭兵の「恭」の字だけを、数行書いても綺麗に見えるようなバランス感覚が必要なのである。
目の前のお前に問う「恭」ってソウルスクリームがしつこく聞いてくる。
じゃあ、教えてやるよ。
僕は努力が苦手だが、本当は深田「恭」子と手書きの年賀状を交換したいのだ。

というわけで僕は努力をする事になったのでした。